

春は優しく、修羅は燃えない
--六道輪廻における「修羅道」の再解釈と宮沢賢治『春と修羅』に基づく写真表現
Spring is gentle, Shura does not burn
--Reinterpretation of “Shura-do” in Rikudo Rinne and photographic expression based on Kenji Miyazawa's "Spring and Shura
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はじめに
「この世界は、争いと優しさでできている。」
もし賢治が現代の街角に立っていたら、スマホを覗き込む若者たちの無表情に、満員電車の背中に、どんな言葉をかけただろうか。『春と修羅』は、賢治が自らの苦悩と理想を詩に刻んだ心象スケッチ集である。そのスケッチの中には、内なる修羅(闘争)と、そこにふと差し込む春の光(希望)が静かに共存している。
本研究では、仏教の六道輪廻、とりわけ「修羅道」をテーマとし、宮沢賢治の『春と修羅』から着想を得て、人間の心の奥底にある葛藤と救済を写真芸術として可視化することを試みる。ここには文学、宗教、写真という異なる表現が出会い、新しい物語が生まれる可能性がある。
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研究背景
人類の歴史は争いと共存の繰り返しである。仏教において説かれる六道輪廻は、その輪廻転生の苦しみを六つの世界に分類し、修羅道はその中でも「争い」「嫉妬」「怒り」に翻弄される存在のあり方を象徴する。しかし、この修羅道に対する解釈はしばしば表面的な暴力性のみに注目され、その背景にある精神的な葛藤や救済の可能性については十分に掘り下げられてこなかった。
一方、近代日本文学の宮沢賢治は、自らの詩集『春と修羅』において、「修羅」を外部との争いではなく、自身の内面に宿る葛藤として描いた。彼は、理想と現実の狭間で揺れ動きながらもなお、他者と世界の幸福を願い続ける存在としての修羅像を提示している。この「内なる修羅」という視点は、仏教思想に新たな地平を開くものであると同時に、現代社会における精神的闘争や孤独、自己否定といった課題とも深く共鳴する。
加えて、現在の日本社会においては、SNS時代の承認欲求、過重労働による精神的疲弊、孤独死といった「静かな修羅」が日常の中に蔓延しており、直接的な暴力によらずとも深い苦悩が存在している。これらをいかに表現し、いかに問い直すことができるかは、芸術表現の新たな使命ともなりうる。
本研究は、このような思想的背景を踏まえ、賢治の『春と修羅』の思想を六道輪廻の修羅道と結び付けることで、新たな修羅道の解釈を提示し、さらにその視座を現代社会へと展開し、写真芸術という視覚的メディアを通じて可視化することを目指す。
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研究の目的
本研究は、仏教思想における六道輪廻の一つである「修羅道」を中心に据え、それを近代日本文学を代表する宮沢賢治の詩集『春と修羅』の思想と重ね合わせることによって、従来の「争い」「暴力」「嫉妬」といった負のイメージだけでは語りきれない修羅道の新たな解釈を提示することを目的とする。宮沢賢治が描いた「修羅」は、他者への攻撃性ではなく、自身の内面における葛藤と理想への希求、苦悩と慈悲の間で揺れ動く存在として表現されている。この視点を六道思想に接続することで、修羅道を内面的精神活動として再定義し、苦悩と希望が共存する場としての可能性を明らかにする。
さらに、この思想的考察を写真芸術表現へと展開することにより、視覚芸術を通して現代社会における「修羅」的状態を可視化し、鑑賞者自身の精神的修羅を照らし出す芸術実践を試みる。この過程で、日本写真史における木村伊兵衛と土門拳という二人の写真家の異なるアプローチ(木村的スナップショットによる「希望」の提示と、土門的リアリズムによる「苦悩」の直視)を組み合わせ、葛藤と救済がせめぎ合う修羅の風景を写真作品として表象する。
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研究の意義
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修羅道の再解釈による思想的貢献
仏教において修羅道は一般的に「争い」「嫉妬」「暴力」の世界とされるが、本研究ではその一義的解釈に疑問を投げかけ、宮沢賢治の『春と修羅』を手がかりに「内なる葛藤」「理想と現実のはざまでの苦悩」「苦悩の中の慈悲」という新たな視座を提示する。これにより、六道輪廻思想そのものに現代的意義を持たせ、精神的救済の可能性を拓くことができる。
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文学・宗教・芸術横断型研究としての学術的意義
本研究は、仏教思想(宗教)、日本近代文学(宮沢賢治)、写真芸術(木村伊兵衛・土門拳)という異なる領域を横断し、それぞれの分野における知見を融合させる試みである。この複合的アプローチによって、宗教思想と芸術表現の新しい接点を創出し、表現行為としての宗教的実践を現代的に再評価する。
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現代日本社会への問題提起としての意義
現代日本社会において、直接的な暴力によらない「静かな修羅」が蔓延している。経済格差、社会的孤立、精神的摩耗、SNSにおける承認欲求と嫉妬の連鎖など、目に見えない争いが人々の心に深く根を張っている。本研究は、これらを「現代の修羅道」と捉え、写真芸術を通じてその実相を浮かび上がらせることで、単なる批判や告発ではなく、苦悩を苦悩のまま肯定しながら、希望への回路を切り開く新しい表現の在り方を提案する。
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芸術表現による思想の社会実装
学術研究という枠組みの中にとどまらず、視覚芸術作品としての写真展という形式で社会に問いを投げかけることにより、広く一般市民に対して思索の契機を提供する。この実践は、「研究成果を社会に還元する」という大学院教育の理念とも合致し、芸術と学問を架橋するモデルケースとなることが期待される。
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研究方法
本研究は、以下の4つのプロセスを通じて、六道輪廻における修羅道の再解釈とその写真芸術による視覚化を行う。
1)文献研究:思想的基盤の整理と解釈枠組みの構築
仏教思想(特に六道輪廻、修羅道)に関する経典や解説書、現代仏教学の研究成果をもとに、修羅道の伝統的解釈とその変遷を整理する。
宮沢賢治『春と修羅』における修羅観を、詩句のテキスト分析を中心に深掘りし、賢治自身の思想的背景(法華経・農民思想など)も含めて考察する。
日本近代史、とりわけ第二次世界大戦期の軍国主義と文化政策の関係を調査し、修羅観の誤読やプロパガンダ利用について検証する。
写真史における木村伊兵衛・土門拳の作品とその思想を分析し、撮影技法と表現コンセプトを整理する。
2)コンセプト設計と撮影計画
修羅道の二重性(苦悩と希望)の視覚化に向け、木村伊兵衛的アプローチ(土着的スナップ、柔らかな日常の光景)と土門拳的アプローチ(真正面からのリアリズム、重厚な構図)を基盤とした撮影方針を設計する。
現代日本社会における「静かな修羅」(孤独、自己否定、承認欲求、労働問題など)を象徴的に示すシチュエーション、被写体、ロケーションを選定する。
賢治の詩句をどのように作品と結びつけるか(キャプション、タイトル、ナレーション等)もあらかじめ計画する。
3)撮影・制作プロセス
現代日本社会の都市・郊外・自然環境において、テーマに沿った撮影を行う。
木村伊兵衛的視点による日常の中の救いと、土門拳的視点による苦悩のリアルを対比的に、または融合的に構成する。
必要に応じてモデル撮影も併用し、演出の有無については表現意図に基づいて判断する。
編集・レタッチはドキュメンタリー性を重視しつつ、写真作品としての完成度を追求する。
4)展示・フィードバック・考察
撮影した作品を用いて展示を行い、鑑賞者の反応や意見を収集する(アンケートや感想ボード、SNSなども活用)。
得られたフィードバックをもとに、作品の解釈可能性と社会的意義について考察を深め、学術的アウトプット(論文、報告書)と芸術的アウトプット(写真集、ウェブ展示)へと反映する。
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先行研究
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宮沢賢治の「修羅観」と軍国主義的価値観との関係──家系的背景と戦争思想をめぐって
宮沢賢治の詩集『春と修羅』は、1924年に自費出版された、彼の生前唯一の詩集であり、内面的な葛藤と精神の遍歴を詩として刻んだ作品である。この「修羅」という語には、彼の個人的体験や思想だけでなく、当時の日本社会の時代的背景が影を落としている可能性がある。
賢治の家系は、盛岡藩に仕えた武士の系譜を持ち、彼自身もその伝統的価値観の中で育てられた。こうした背景は、名誉や献身、責任感といった武士的精神と無縁ではない。一方で、彼の作品に描かれる「修羅」は、他者を傷つける存在ではなく、むしろ自己の弱さと向き合い続ける存在として表現されており、武士道的倫理観を内面化し、精神的闘争へと昇華させたものと捉えられる。
また、第一次世界大戦後、日本社会は国家的アイデンティティの再構築や軍備強化へと傾斜し、昭和期には急速に軍国主義的体制が進行した。「修羅」という語は、このような流れの中で時に政治的に転用され、暴力や自己犠牲の象徴として消費されることもあった。
しかしながら、賢治の描いた修羅像は、そうした軍国主義的価値観とは本質的に異なる。彼の「修羅」は、国家のために戦う戦士ではなく、「世界全体の幸福」という理想と、「個人としての苦悩」との間で葛藤する主体である。その根底には、法華経への信仰や農民との共生思想など、非暴力と共感を重視する精神的基盤が存在する。
すなわち、賢治の思想と表現は、家系や時代の影響を部分的に受けながらも、主流的な価値観──とりわけ戦争賛美や献身の美化──に対して明確な距離を取り、むしろ繊細な批判性を内包していたといえる。『春と修羅』における修羅観は、「静かな闘い」や「内なる痛み」としての修羅を提示し、それが結果として当時の時代精神と対照をなすものとなっている。
このように、宮沢賢治の「修羅」は、その出自や社会的文脈からの影響を受けつつも、決して暴力を肯定せず、むしろ「共苦」や「慈悲」といった非暴力的倫理の詩的実践として再評価されるべき存在である。
「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない。」(『農民芸術概論綱要』より)
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『春と修羅』が六道輪廻における修羅道研究に与える影響
六道輪廻――生きとし生けるものが、業(カルマ)によって六つの世界を巡り続けるという仏教の世界観。その中で修羅道は、嫉妬と怒り、争いに満ちた苦しい生を象徴する。しかしこの修羅の世界は、本当に「争い」だけの場所なのだろうか。そこに「慈悲」や「救い」は本当に存在しないのか。
宮沢賢治の『春と修羅』は、この問いに対して新たな視点を差し出してくれる。賢治が描く「修羅」は、外に向けられた暴力ではなく、理想と現実のはざまで揺れる自分自身の心の中の闘争である。それは時に優しさであり、涙であり、葛藤の中にもわずかな希望を捨てきれない人間の姿である。
賢治が「修羅」と名付けたその場所は、苦しみを苦しみのままに放置する場所ではない。そこは、自らの弱さと向き合い、傷つきながらもなお「世界全体の幸福」を希求する、たゆまぬ営みの場である。ここにこそ、伝統的な六道輪廻の修羅道解釈を揺るがす可能性がある。
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賢治的修羅観から導かれる修羅道の新たな解釈
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内面的闘争としての修羅
他者との争いではなく、理想と現実、自我と慈悲のあいだで揺れ動く自己内部の葛藤。
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苦悩の中に宿る希望
苦しみを描きながらも、どこかに必ず光を残す。「春」と「修羅」という対照的な言葉が示す通り、絶望の中にこそ再生の芽があるという視点。
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救済への希求としての修羅
苦悩を否定せず、それを乗り越えるプロセスそのものに意味を見出す。怒りも嫉妬も悲しみも、救いのための道程であるという肯定的転換。
こうした賢治的修羅観は、従来の「悪しき世界」「堕落した世界」としての修羅道理解を更新するものであり、人間の精神活動そのものを六道の文脈に再接続する挑戦的視点を提供する。
この新たな視点は、写真芸術による表現と結びつけることで、視覚的かつ感覚的に再現可能となり、より広い層の人々に「修羅とは何か」という問いを投げかけることができるだろう。
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宮沢賢治における中央アジア〜仏教文化圏の神話的・宗教的観念と詩的宇宙観──詩的修羅道の形成と写真芸術への展開
宮沢賢治の全作品──詩・童話・随筆・講演──において中心を成すのは、宗教的な世界観である。彼の宗教的信仰の根幹には日蓮宗に基づく法華経思想があり、そこから導かれる「一切衆生悉有仏性」「久遠実成の仏」「利他行」などの仏教的概念が、彼の詩作の根底に脈打っている。
とりわけ注目すべきは、そうした仏教思想に中央アジア〜仏教文化圏の神話的・地理的イメージを重ね合わせ、賢治独自の詩的宇宙=精神の曼荼羅を構築している点である。彼の詩世界は、苦悩と救済、修羅と春、浄土と現実のはざまを往還する魂の遍歴であり、その過程には中央アジアを象徴する風景──新疆、瑠璃、砂漠、星雲など──が霊的・象徴的地図として導入されている。
(1) 詩的宗教観としての魂の遍歴──異国的神話空間の構築
代表的な例として『小岩井農場』(1924年)では、次のような詩句が登場する。
ぼくの宗教は
多くの異教徒の砂漠を越え
新疆の瑠璃をとおり
またそのさきの星雲へゆく
(『宮沢賢治全集 第1巻 詩Ⅰ』筑摩書房, 1995年, p.398)
ここで詩的主体の「宗教」は、中央アジアの砂漠(異教世界)を通り、瑠璃(薬師如来の浄土)を経由して、星雲(宇宙的浄土)へと至る。この空間構造は、仏教における輪廻・浄土観を、地理的・宇宙的スケールに転化した表現であり、「修羅」を旅する魂が救済に向かう詩的地図=曼荼羅として読むことができる。
また、「宗谷挽歌」では以下のように語られている。
新疆をこえてきたやうな
あかるいことばが夜の平原にひびき
それはすでに祈りだった
(『宮沢賢治全集 第1巻 詩Ⅰ』筑摩書房, 1995年, p.317)
ここでは、「新疆をこえてきた」光のような言葉が「祈り」に変わる。この表現は、詩の言葉そのものが宗教的救済の媒体=霊的行為であることを明確に示している。
これらの語句は、いずれも現実の新疆(中国西部)という地理的指標を超えて、仏教文化圏における霊的空間──魂が遍歴する象徴的領域──として詩的に機能している。瑠璃は薬師如来の浄土、砂漠は修行の苦難、星雲は天上界の象徴であり、すべてが魂の「修羅道」に重ねられる。
(2) 賢治作品全体における曼荼羅的構造と宇宙的宗教観
『銀河鉄道の夜』(1934年)では、死後の世界を列車で旅するという構造を取りながら、仏教の中陰思想(四十九日の魂の旅)と強く共鳴している。サザンクロスや「天上の野原」といった描写も、浄土的イメージを帯びており、魂が星の彼方へと還っていくビジョンは仏教的来世観と重なる。(『宮沢賢治全集 第4巻 童話』筑摩書房, 1995年, p.472)
また、「風景とオルゴール」や「青森挽歌」などでも、銀河、光、瑠璃、曼荼羅などが詩的語彙として繰り返され、修羅的な苦悩を浄化するための霊的構造=宗教的宇宙観が一貫して築かれている。
このように、宮沢賢治の全作品における「宗教」は、倫理や祈りを説くだけでなく、詩と宇宙と魂をつなぐ詩的地図として機能している。その中心にあるのが、中央アジア的な神話イメージであり、それらは単なる異国趣味ではなく、修羅を通り抜け春に至る、魂の曼荼羅的旅路の構成要素なのである。
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写真芸術創作への応用と二人の写真家からの学び
では、この新たな修羅観をどのようにして写真芸術で表現できるだろうか。その答えを探すために、日本写真史を代表する二人の写真家――木村伊兵衛と土門拳――の作品世界から学ぶことができる。
(1)木村伊兵衛的アプローチ
木村伊兵衛は、日常の一瞬を捉えるスナップショットの名手である。彼の作品には、生活の中にふと現れる微笑み、何気ないしぐさ、柔らかな光が宿っている。そこには「生きている瞬間」が、力まずに、しかし確かに刻まれている。
この手法は、修羅道を描く際に「苦悩の中にも存在する希望」や「春の芽吹き」といった要素を表現するうえで極めて有効である。怒りや葛藤だけではない、人間の営みの中にある温もりと優しさをすくい上げることができるからだ。
(2)土門拳的アプローチ
一方、土門拳はリアリズム写真を徹底した作家である。彼の写真は、被写体の苦悩や重みを真正面から受け止め、それを逃げずに撮る。重厚な構図、高いコントラスト、被写体の「表情」に焦点を当てたその作品群は、痛みや葛藤、戦いの本質を強く浮かび上がらせる。
修羅道の「苦悩」「闘争」を視覚的に表現するには、この土門的な視点は不可欠である。希望だけを見せるのではなく、苦悩そのものに価値があることを写真で伝えるために、必要な強度と誠実さをこの手法は持っている。
(3)木村と土門、二つのアプローチの融合
この二人のアプローチを対比的に、あるいは融合的に用いることで、『春と修羅』が持つ「春」と「修羅」の二面性を写真として体現することができる。木村的手法で「救済」を、土門的手法で「苦悩」を、それぞれ浮かび上がらせ、その両方を対話させること。それが本研究における写真表現の核心となる。
この融合は、鑑賞者に一方的な感情だけを押し付けるのではなく、見る者自身の中にある「修羅」と「春」を呼び覚まし、静かに問う装置となるだろう。
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『春と修羅』の思想を用いた日本社会への写真表現の応用
では、もしこの『春と修羅』における修羅観を、いまこの現代日本社会の風景に重ねてみたらどうなるだろうか。
争いのない社会?
いや、そうではない。表面上の平和の奥に、見えない「葛藤」や「孤独」、「自己否定」といった新しい形の修羅が、確かに存在している。
例えば、夜遅くまでオフィスビルに灯る無数の窓明かり。
疲れた表情のままスマホを覗き込み、駅のホームに立ち尽くす若者。
あるいは、SNSの画面越しに、仮面の笑顔を貼りつける人々。
現代社会の修羅道は、銃を持たずとも戦い続ける世界であり、その戦場は私たち一人ひとりの心の中にある。
(1)木村伊兵衛的アプローチ:希望のスナップ
この日常の中に、ほんの一瞬差し込む「救い」や「春の光」を、木村伊兵衛的なスナップ手法で捉える。
満員電車の中で、隣同士ふと目が合い、はにかむ笑顔。
仕事帰り、公園のベンチで一息つくサラリーマンが見上げる夜空。
小さな子どもが歩道の片隅に咲くタンポポに手を伸ばす瞬間。
こうした「ささやかな希望」を拾い上げることは、修羅道の中にある「春」を見つける作業に他ならない。
(2)土門拳的アプローチ:苦悩のリアリズム
一方で、その「苦悩」そのものを真正面から捉えるために、土門拳のリアリズムが必要となる。
介護疲れでうつむく中年女性の硬い背中。
ネットカフェ難民として眠る若者の無防備な寝顔。
ビルの谷間でひとり佇むホームレスの眼差し。
そこには装飾も演出もいらない。ただ、苦しみと向き合う被写体とカメラマンの誠実な対話があるだけだ。
(3)木村×土門による二層構造の写真表現
この二つの表現技法を対照的に組み合わせることで、「救い」と「苦悩」という二層構造を持った修羅道表現が可能になる。
土門的リアリズムで苦悩を映し出し、木村的スナップでその中に希望の灯を見つける。
または、木村的な希望に包まれた風景の裏側に、土門的な苦悩を重ねて提示する。
こうして生まれる作品は、鑑賞者に対して一方的な答えを押しつけるのではなく、「あなたにとっての修羅とは何か?」という静かな問いかけを投げかける場となる。
(4)芸術表現としての展開──写真による宗教空間の視覚化
本研究では、宮沢賢治のこの詩的宗教観、すなわち**中央アジア〜仏教文化圏の象徴的空間を通じた「魂の修羅道」**という概念を、写真芸術によって視覚的に表現することを試みる。
具体的には、「新疆」「砂漠」「銀河」「瑠璃」などの詩語を象徴するような風景・構図を日本の都市や自然の中に見出し、光と影、遠近感、構図の分割を用いて、現代社会における「内なる修羅」の可視化を目指す。
木村伊兵衛的スナップショットにより「祈り」や「希望」の瞬間を、土門拳的リアリズムにより「苦悩」や「魂の遍歴」の実相を、 それぞれ表現し、二重構造の修羅空間を創出する。
また、賢治の詩句をキャプションやタイトルに引用しながら、「詩=祈り」としての力を視覚作品に重ねることで、鑑賞者にとっても個人の「修羅道」への静かな問いかけとなる場を創出する。
このように、宮沢賢治の詩的宗教世界における中央アジア的神話観念の導入は、単なる象徴表現ではなく、魂の修羅道と救済の軌跡を詩的・視覚的に辿るための構造そのものである。本研究ではその構造を芸術として再構築し、「修羅」という古い宗教語を、現代に通じる精神的テーマとして再生させることを目指す。
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成果の見込み
本研究においては、以下のような成果が期待できる。
(1) 思想的成果
宮沢賢治『春と修羅』と仏教思想(六道輪廻、修羅道)の接点を新たに照射し、修羅道を内面的闘争と救済の可能性を孕んだ存在として再定義する。
修羅道の暴力的・外的イメージに偏重していたこれまでの解釈に対し、「内なる葛藤」や「再生への希求」といった視点を加えることによって、仏教思想研究に新たな議論を喚起する。
(2) 表現的成果
木村伊兵衛的なスナップショットと土門拳的なリアリズムという対照的な写真表現を融合させることで、「苦悩と救済」「修羅と春」という二重構造をもった新しい写真作品を創出する。
賢治の詩句を写真作品に重ねることで、文学と視覚芸術が交差する新たな表現方法を提示する。
(3) 社会的成果
現代日本社会における「静かな修羅」(孤独、承認欲求、精神的摩耗など)を可視化し、観る者が自身の内なる葛藤と向き合う機会を提供する。
学術領域にとどまらず、一般鑑賞者に対しても深い気づきと対話の場を生み出す。
展示やフィードバックを通じて、社会における精神的健康や生きづらさに関する新しい議論の場を創出する。
まとめ(結論)
本研究は、六道輪廻の「修羅道」と宮沢賢治『春と修羅』の思想を重ね合わせることで、修羅道の新たな解釈とその芸術的実装を目指すものである。従来の修羅道が持つ「争い」「怒り」「嫉妬」のイメージを超え、理想と現実の間で苦悩しつつも再生を目指す「内なる修羅」としての視座を提示する。
この思想的探究を、写真芸術というメディアを通して表現することにより、現代社会における精神的闘争や孤独、希望といった問題群を感覚的に可視化し、学術と芸術、宗教と社会、過去と現在を橋渡しする新たな試みを実践するものである。
これにより、本研究は現代社会に対する問いを芸術表現のかたちで投げかけるとともに、鑑賞者一人ひとりが自らの「修羅道」と向き合うためのきっかけを提供することを目指す。
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おわりに
本研究は、「修羅」という古い言葉を、文学・仏教思想・写真芸術という三つの視点から再発見し、現代社会における「静かな修羅」の存在を問う試みである。
苦悩の中に宿る希望。優しさと闘争がせめぎ合う場所。
それは過去でも未来でもない、私たちがいま生きているこの社会そのものなのかもしれない。
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参考文献
本研究は、宮沢賢治の文学作品とその思想的背景、仏教思想(特に六道輪廻・修羅道)、および写真表現(木村伊兵衛・土門拳)の技法と歴史的文脈を基盤としている。以下に主な参考文献を示す。
(1) 宮沢賢治に関する文献
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宮沢賢治『春と修羅』新潮文庫、新潮社、1986年。
-
入沢康夫編『宮沢賢治全集 第3巻 詩』筑摩書房、1995年。
-
天沢退二郎『宮沢賢治—修羅の旅』筑摩書房、1986年。
-
佐藤勝『宮沢賢治の宇宙—春と修羅の心象スケッチ』岩波新書、1992年。
-
保坂嘉内『宮沢賢治と保坂嘉内の往復書簡』岩波書店、2003年。
(2) 仏教思想・六道輪廻・修羅道に関する文献
-
石井公成『六道輪廻の思想』春秋社、2003年。
-
中村元『仏教語大辞典』東京書籍、2001年。
-
佐々木閑『仏教からはじめる倫理学』NHK出版、2020年。
-
加藤純章『倶舎論講義』大蔵出版、1993年。
-
上田紀行『生きる意味』岩波新書、2005年。
(3) 日本写真史・写真表現技法に関する文献
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飯沢耕太郎『日本写真史(1945-2017)』中央公論新社、2017年。
-
飯沢耕太郎『写真美術館へようこそ』平凡社、2006年。
-
木村伊兵衛『木村伊兵衛の眼』岩波書店、1998年。
-
土門拳『土門拳 写真論集』筑摩書房、1991年。
-
今道子『写真で読む日本近代史』岩波ジュニア新書、2005年。
(4) 戦時下の文化政策・思想動員に関する文献
-
藤原彰『日本の戦争責任—戦時下の文化と知識人』岩波新書、1995年。
-
吉見俊哉『皇国日本の思想』岩波書店、1998年。
-
竹内洋『教養主義の没落』中公新書、2001年。
(5) 関連する展覧会カタログ・論考(参考資料)
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東京都写真美術館『土門拳 生誕100年記念展』展覧会図録、2009年。
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東京国立近代美術館『木村伊兵衛と日本の写真』展覧会図録、2000年。